歴史を築いた偉大なベーシスト達 第7回
緊急事態宣言の中いかがお過ごしでしょうか?

昨年に続いて「Stay Home、Stay With Music」」で乗り切りましょう!

サトーB、今年の初投稿は久々にこのシリーズをお届けします。
今まではイギリス人~アメリカ人と交互に紹介させていただいておりましたが、前回のジョー・オズボーンから引き続きアメリカ人ベーシストを紹介させていただきます。

今回ご紹介させていただくベーシストはまさに職人の中のレジェンド!


リーランド・スカラー

Leland Sklar(1947年5月28日 アメリカ、ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれ)

以前はリーランド・スクラー、または略してリースクラーと呼ばれていましたが最近はリーランド・スカラー、またはリースカラーと表記されています。

1947年生まれのスカラーは今年で74歳になりますが恐ろしいくらい現役バリバリです。

1970年代初頭から実に50年に渡り世界の第一線の現場で活躍しています。更に恐ろしいのはその当時から現在も風貌が全く変わらない事です。

その姿はまさに「仙人」!

ジェームス・テイラー(ビフォー)

ジャクソン・ブラウン、ジェームス・テイラー、ホール&オーツ、リンダ・ロンシュタット、クロスビー、スティルス&ナッシュ、ニール・セダカ、フィル・コリンズ・・・本当に数え切れないほどの世界のトップアーティストからオファーを受けツアー及びレコーディングに参加し続けています。

話は少しスカラーからそれますが・・・

ジェームス・テイラーは当時はこんなにかっこよかったのですが・・・
ジェームス・テイラー(アフター)

神様は残酷です・・・最近ではすっかり・・・

しかし彼は現実を受け止めて堂々としています。

立派です・・・
フィル・コリンズ

僕がスカラーの存在を認識したのは1980年代にプログレッシヴロックバンド「ジェネシス」のドラマーでもあり、ソロアーティストとしてはヴォーカルでも世界を席巻したフィル・コリンズのサポートで弾いていた時です。

ちなみにフィル・コリンズは昔から”薄い”ので見た目は、ビフォーもアフターも当時からあまり変わりませんね・・・

それにしても・・・

やっぱりジェームス・テイラーは・・・

スカラーは一度見たら忘れられない風貌ですが、そのベースプレイ自体は一聴すると特に目立った事もせずに淡々とアンサンブルを支えているように聴こえます。しかし彼のベースプレイをコピーして実際に弾いてみると全くCDのようにならないのです・・・具体的に説明しますと、その楽曲に対するタイム感とフレージングが有り得ないくらい絶妙なんです!
松任谷由実

スカラーは日本のアーティストのアルバムでも多数の曲をレコーディングしています。

中でも松任谷由実との関わりは深く、彼女の全面的な信頼を得ていてファーストコールのベーシストのようで、ほとんどのアルバムに参加しています。

代表曲の「中央フリーウェイ」や「春よ、来い」などの印象的なベースプレイはスカラーのプレイです。

さらにスカラーはTOTOのサポートメンバーとしても活躍しています。カントリー、ポップス、JPOP、ハードロック・・・etc・・・恐るべき守備範囲の広さです。

しかし、本当に50年に渡り世界の第一線で活躍し続けている事は驚異としか言いようがありません。インタビューによるとかなりストイックな性格なようです。そうでなければ50年も続けられませんよね・・・

芸歴はスカラーの方が長いですが、オールジャンルのアーティストのサポートと大メジャーなロックバンドまでの現場をこなすのは、第3回で紹介したイギリス人のピノ・パラディーノとミュージシャンとしての立ち位置が似ています。「アメリカのスカラー、イギリスのピノ」=「西の横綱、東の横綱」みたいな感じです。


歴史を築いた偉大なベーシスト達 第7回はアメリカのセッションベーシストの巨匠、リーランド・スカラーをご紹介させていただきました。

次回もお楽しみに!(サトーB)