ジョン・ウェットン
「歴史を築いた偉大なベーシスト達」の第16回です。
ジョン・ウェットン(John Wetton 1949年6月12日〜2017年1月31日 享年67歳)

ジョン・ウェットンはイギリスに生まれ“プログレッシヴ・ロック”と呼ばれる1960年代後半から主にイギリスを中心に発展を遂げた音楽ジャンルを牽引したミュージシャンの1人として有名です。

ジョン・ウェットンの歴史=プログレッシヴ・ロックの歴史と言っても過言ではありません。

担当楽器はベースなのですが、ポール・マッカートニーやスティングの様にメイン・ボーカルもバリバリなので、世間的にはボーカリストとしての認識の方が高いかもしれません。
「キング・クリムゾン」

ジョンは“プログレッシヴ・ロック”の代表格として今なお君臨している「キング・クリムゾン」のメンバーとして「太陽と戦慄」(1973年)「暗黒の世界」(1974年)「レッド」(1974年)の3枚のスタジオ録音アルバムと「USA」(1975年)というライブ録音アルバムを元イエスのドラマー、ビル・ブルーフォードと共に残しています。

これらのアルバムはキング・クリムゾン“インプロビゼーション期”として現在でも高い評価を得ています。
「UK」

キング・クリムゾンはリーダーである、ロバート・フィリップのワンマンバンドなので彼の気まぐれで一旦解散してしまいます。

ジョンはその後、ロキシー・ミュージックやユーライア・ヒープなどのロックバンドを渡り歩きます。そして1977年に鳴り物入りで、ビル・ブルーフォード、アラン・ホールズワース、エディ・ジョブソンというプログレ界のスター達と共に「UK」を結成します。

翌1978年にファースト・アルバム「U.K.憂国の四士」を発表しツアーを行うも、例に漏れず音楽性の意見の相違でビル・ブルーフォードとアラン・ホールズワースが脱退してしまいます。

その後「UK」はアメリカ人のスーパードラマー、テリー・ボジオを迎えキーボード・トリオで再スタートを図ります。1979年にセカンド・アルバム「デンジャー・マネー」と、日本公演のライブ・アルバム「ナイト・アフター・ナイト」を発表します。

しかし、またしてもジョン・ウェットンとエディ・ジョブソンの音楽性の意見の相違により結局スーパーグループ「UK」は3枚のアルバムのみで解散してしまいます。
「エイジア」

「UK」解散後、ジョンは「バグルス」のジェフ・ダウンズ、「イエス」のスティーブ・ハウ、「E.L&P」のカール・パーマーらとともに正にスーパー・グループ「エイジア」を結成します。

1982年にファースト・アルバム「詠時感〜時へのロマン」を発表します。結成当初からポップ路線をコンセプトに掲げた「エイジア」でしたが、このアルバムは全世界で1500万枚を売上げ、シングルカットされた「Heat Of The Moment」は全米ロックチャートで1位となり商業的に大成功を収めます。
「詠時感〜時へのロマン」

その後、1983年ジョンはアルコール依存症になり「エイジア」を一度解雇され、後任に同じくベース&ボーカルのグレッグ・レイクが加入した時期もありましたが、1984年に復帰を果たします。しかしそれ以降も商業的にファースト・アルバムを超える成功を収める事はありませんでした。


ベーシストとしてのジョン・ウェットンに焦点を当てるならやはり「キング・クリムゾン」時代のアバンギャルトなプレイが秀逸です。これぞプレシジョン・ベースというような図太いサウンドは圧倒的な存在感で我々に迫って来ます。

その他のバンドでは奇を衒った事はあまりせずに、堅実にベース本来のボトムに徹してアンサンブルを支えているケースの方が多いです。

ボーカリストとしては一聴してジョン・ウェットンだと判別できるハスキーボイスは定評があり、とにかくカッコいいです。

2017年に大腸癌のため67歳の若さで死去してしまいましたが、ジョン・ウェットンがプログレ界に遺した数多くの功績は今後も語り継がれていくことでしょう。(サトーB)